紅茶の香り成分『ホトリエノール』が持つリラックス効果について 紅茶の香り成分『ホトリエノール』が持つリラックス効果について

紅茶の香り成分のホトリエノールがストレスを改善する。

紅茶のなかでも、ダージリン紅茶は華やかな果実香を特徴とする人気の高い紅茶です。三井農林は、ダージリン紅茶の香りが“交感神経系”を抑えて“副交感神経系”を高める鎮静効果に注目し、鎮静効果に関与する成分が『ホトリエノール』であることを見出しました。ホトリエノールの香りを嗅ぐことによる鎮静効果が経口摂取でも認められるのか?ストレスに対してどのような影響を与えるのか?について、臨床研究を行いました。
ここではその研究の一部についてご紹介します。

紅茶を飲んでリラックスしているイラスト

ストレス応答とは?

人間は外部からの刺激(ストレッサー)に対して、様々な身体変化をすることで心身のバランスを保っています。
ストレス応答には①自律神経系※1、②内分泌系、③中枢神経系、④免疫系の4つの調節機能が協調して働いています。ストレスにさらされると、中枢神経系でストレスが認識され、自律神経系や内分泌系、免疫系に指令を出します。自律神経系では交感神経の活動を高め、内分泌系ではコルチゾールが分泌され、免疫系では免疫に関連する細胞への刺激が起こることで、身体的に興奮した状態を作り出し、すぐにストレッサーに対応できるようにします。一方、過剰な興奮によって心身のバランスが崩れないように、分泌されたコルチゾールは中枢神経系に作用することで身体を鎮静化しようとします。このように身体的な興奮と鎮静をうまく組みわせることでストレスに対応しながらも心身のバランスを保っていますが、ストレスが過剰になるとこれらの調節機能のバランスが崩れてしまい、抑うつ症状などのストレス関連疾患につながってしまいます。

ホトリエノールとは?

『ホトリエノール』はフローラルフルーティー調の香気を有し、ダージリン・セカンドフラッシュ特有の華やかで芳醇なマスカテルフレーバーに 寄与する香気成分です。台湾の烏龍茶である東方美人茶の蜜香に寄与する香気成分ともいわれています。
ダージリン・セカンドフラッシュや東方美人茶の生葉には、ホトリエノールの前駆物質である『(3E)-2,6-ジメチルオクタ-3,7-ジエン-2,6-ジオール』が多く含まれ、この前駆物質は生葉がチャノミドリヒメヨコバイによる食害ストレスを受けることで増加します。そして、製茶工程の加熱処理によって前駆物質の脱水反応が起こり、ホトリエノール生成することが報告されています1)
ダージリン・セカンドフラッシュでは収穫時期の5月下旬頃、東方美人茶では5月上・中旬にチャノミドリヒメヨコバイが多く発生し、食害を受けた茶葉ほどマスカット様、リンゴ様の果実フレーバーが強くなるといわれています2)

ホトリエノールを経口摂取することでストレスを緩和させる

ホトリエノール含有タブレット食品を経口摂取することによって、鎮静効果を発現しストレスを緩和させることがわかりました。さらに、継続的な摂取によって、日常生活で生じるストレスに対してストレス緩和効果が認められました。

<詳細データ>

図1 ホトリエノールの経口摂取が自律神経活動に与える効果a)
⊿縮瞳率:(N=28、*P<0.05)
⊿皮膚温度:MMS(抑うつ・不安)スコア上位群における評価
(ホトリエノールN=5、プラセボN=7, *P<0.05)
ホトリエノールの継続的な経口摂取が唾液ストレスマーカーに与える影響ホトリエノールの継続的な経口摂取が唾液ストレスマーカーに与える影響
図2 ホトリエノールの継続的な経口摂取が唾液ストレスマーカーに与える影響b)
⊿コルチゾール: SCL30スコアのストレス意識の高群における評価(N=8, *P<0.05)

<詳細データの説明>

ホトリエノールの単回経口摂取による自律神経系への影響を、香りを嗅いだときと同様に評価したところ、プラセボ群と比較しホトリエノール摂取群では縮瞳率※2の有意な上昇が確認されました。また、抑うつ・不安の気分を抱える被験者では、ホトリエノール摂取により指尖皮膚温度※3が有意に上昇しました(図1)。これらのことから、ホトリエノールは香りを嗅いだ場合と同様に、口から摂取しても副交感神経活動を優位にする鎮静効果を有しており、抑うつ・不安な意識が高い人では交感神経活動を抑制する効果を持つことが明らかとなりました。
さらに、日常生活においてストレスを感じている人を対象に2週間の継続摂取による評価を行った結果、内分泌系のストレス指標であるコルチゾール※4がプラセボ群と比較し有意に減少しました(図2)。このことから、ホトリエノールの継続的な経口摂取は日常生活で生じるストレスを緩和する上で有効であることが明らかとなりました。

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ホトリエノールを経口摂取することで不安感を軽減させる

ホトリエノール含有タブレット食品を経口摂取することによって、ストレス緩和のみならず不安感も軽減することが示唆されました。

<詳細データ>

ホトリエノールの経口摂取が中枢神経系に与える影響ホトリエノールの経口摂取が中枢神経系に与える影響
図3 ホトリエノールの経口摂取が中枢神経系に与える影響a)
⊿重心動揺(軌跡長):SCL30スコア上位群における評価
(ホトリエノールN=6,プラセボN=4, *P<0.05)

<詳細データの説明>

ストレスとの関連性を踏まえ、ホトリエノールの経口摂取が中枢神経系に及ぼす影響を評価したところ、ストレス意識の高いグループではプラセボ群と比較して、重心動揺※5の有意な減少が確認されました(図3)。重心動揺は不安感や疲労と関連することから、ホトリエノールの経口摂取は自律神経のみならず中枢神経系にも影響を与え、不安感を軽減することが示唆されました。

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ホトリエノールの経口摂取は、ストレスによる免疫機能の低下を緩和し、快適感を向上する

ホトリエノール含有タブレット食品を経口摂取することによって、日常生活のストレスによる免疫機能の低下を抑制することが明らかとなりました。また、ホトリエノールの経口摂取はオキシトシンを増加させ快適感を高めることがわかりました。

<詳細データ>

図4 ホトリエノールの経口摂取がs-IgAおよびオキシトシンに及ぼす影響b)
s-IgA変化量、
オキシトシン変化量:(ホトリエノール:実線、プラセボ:点線、
N=41, *P<0.05;各ベースラインを共変量とした共分散分析)

<詳細データの説明>

ホトリエノールの経口摂取による内分泌系に対する効果を評価したところ、プラセボ群と比較して唾液中s-IgA※6の有意な増加が確認されました。粘膜免疫成分であるs-IgAは慢性的なストレス下では分泌能力が低下することが知られています。本試験で対象とした被験者は日常生活においてストレスを感じている状態であり、通常の状態に比べ唾液中s-IgAが低下していることが推察されました。したがって、本結果よりホトリエノールの経口摂取はストレスによって引き起こされる唾液中s-IgA濃度の低下を抑制することが明らかとなりました。
また、ホトリエノールの経口摂取による快適感への影響を評価したところ、プラセボ群と比較し唾液中オキシトシン※7濃度の有意な増加が確認されました。オキシトシンは快適感や幸福感と関連しており、「癒し」や「心地よさ」といった快適性に関連する気分や感情の変化により分泌されることが知られています。したがって、本結果からホトリエノールの経口摂取は快適感を高めることが示唆されました。
これらの結果から、ホトリエノールの経口摂取は、日常的に生じるストレスによって引き起こされる免疫の低下を緩和し、快適感を高めることで、精神ストレスや不安感の軽減に寄与することが明らかになりました。

<(a)試験概要>

試験デザイン:ランダム化プラセボ対照二重盲検並行群間試験
対象者:健常女性30名(平均年齢30.8±5.3歳)
試験品:ホトリエノールを含有するタブレットおよび未含有のタブレット(プラセボ群)
評価方法:試験品1個を経口摂取させ評価を行った。摂取前後に縮瞳率、指尖皮膚温度、重心動揺を測定し、変化量を評価した。
出典:紅茶成分ホトリエノールの経口摂取が自律神経系、中枢神経機能に及ぼす影響―ランダム化プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験―、薬理と治療 2022; 50(2), 247-56.

<(b)試験概要>

試験デザイン:ランダム化プラセボ対照二重盲検クロスオーバー試験
対象者:健常成人41名(平均年齢39.4±4.0歳)
試験品:ホトリエノールを含有するタブレットおよび未含有のタブレット(プラセボ群)
評価方法:試験品1個を単回摂取させ、介入前後のs-IgA、オキシトシンを測定し、変化量を評価した。また、1日あたり試験品4個を2週間継続摂取させ介入前後にコルチゾールの変化量を評価した。
出典:ホトリエノールの経口摂取による精神的ストレスおよび唾液バイオマーカーに及ぼす影響―ランダム化プラセボ対照二重盲検クロスオーバー比較試験―、薬理と治療 2022; 50(3), 421-31.

文献

1) 原利夫,堀田博. 緑茶火入れ中に生成する 3,7- dimethyl-1,5,7-octatrien-3-ol とその前駆物質. 日本農芸化学会誌 1987; 61: 353-356.
2) 小澤朗人, 内山徹. チャノミドリヒメヨコバイによる茶香気発揚. 静岡県経済産業部農林水産関係試験研究成果情報 2014: 32-33.

用語集

※1 自律神経系:副交感神経系と交感神経系からなる末梢神経系で活動的なときは交感神経系が、落ち着きリラックスしているときは副交感神経系が働いている。両神経が協調して活動することにより身体的なバランスを保っている。
※2 縮瞳率:瞳孔に光が当たると対光反射によって、瞳孔が縮む反応(縮瞳)が起こる。縮瞳は副交感神経系によって支配されており、副交感神経が優位であるほど縮瞳率は大きくなることが知られている。
※3 指尖皮膚温度:指先の皮膚末梢血管網の温度。皮膚末梢血管網は交感神経系によって支配されており、ストレスなどで交感神経活動が高まることによって、皮膚温度が低下することが知られている。
※4 コルチゾール:副腎皮質ホルモンである糖質コルチコイドの一種でストレスを受けると分泌され、免疫系にも作用する。その他、タンパク質や脂肪の代謝などにも関連することが知られており、生体にとって必須のホルモンである。
※5 重心動揺:直立姿勢を保持する際に起こる身体重心の揺れのこと。小脳→視床→基底核系や前頭葉機能が、姿勢制御に関わっており、不安感や疲労の強弱と重心動揺には相関があることが報告されている。
※6 s-IgA:粘膜免疫を司る成分。慢性的なストレスによって減少することが知られている。また、快適な状態では分泌されることが分かっている。
※7 オキシトシン:脳の視床下部(自律神経系の最高中枢でもある)から分泌されるホルモンであり、心地よい時や愛感情が高まっている時に分泌されることから愛情ホルモン、快活ホルモンなどとも言われている。

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研究指導者より

矢田幸博教授の写真

筑波大学大学院人間総合科学学術院
グローバル教育院
ヒューマンバイオロジー学位プログラム
矢田幸博 教授 注)組織名、役職等は掲載当時のものです(2023年1月)

ダージリン・セカンドフラッシュに含まれる香気成分に高い鎮静効果があり、関与する有効成分の探索を進めていきますと、本茶葉に特異的に含まれる香り成分『ホトリエノール』であることがわかりました。
ホトリエノールの前駆体が食虫害のストレスで産生され、製茶過程でホトリエノールに変化し、本茶葉の有効性成分になることが明らかになったことは、研究開発者ばかりでなく、一般の方々の興味や関心を引く研究成果だと思います。

さらにホトリエノールの有効活用を考えた際には、これまでの香り成分としての利用だけでなく、食品素材としての機能性にも大変興味が持たれます。
そこで、経口摂取(タブレットのような形状にして摂取)した時のストレスや不安感などに対する即時的な効果および連用効果を検証したところ、ストレス意識の高い方々のストレス低減や不安感の低減が確認されました。

さらにストレスホルモンの減少や快活ホルモンの増加も確認されたことからホトリエノールの経口摂取により心理生理的なストレス状態の改善に伴って陽性的な感情(心地よさ、快適感情)が高まることが示唆されことは、大変興味深い研究成果だと考えています。